
数千年に一度と言われる大地震が能登を襲ってからはや1ケ月。
被害の爪痕は時間と共に想像を超える規模となってその脅威を見せ始めた。
我が家から震源の能登北部までは約100キロ程離れていて被害も少なかったが、近くの内灘町では液状化現象で多大な被害を受けた。
被害の状況をこの目で確かめようと車で入ったが、地割れて傾いた道路に赤い紙を貼られ傾いた家や街並みと、たたずむ人々の姿にただ手を合わせる気持ちで有る。
被災者に悪い来なければよかったと後悔でいっぱいだった。
金沢の同業者も被害を受けた、震源地に近い同業者に恐るおそる電話をすると被害を受けたとの事で、言葉も無くただ頑張ってと言って電話を切った。
3・11の東日本大震災の時は津波も有り規模を超えた大災害だったが幸い北陸は被害も少なく心でお見舞いを思っていたが、さすがに地元で当事者となってみると心が動く。
被災地では何事も我慢、私だけが良くなるの皆に悪い、みなと同じに等という能登のやさしさが胸にしみる。
金沢の街には人影が消え,コロナ禍と同じ町から人が消えた。
今我々にできる事は、唯見守るだけ、心での応援だけだが明るい明日が来ると信じてみんなで支えている現状です。
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